立腹帖―内田百閒集成〈2〉内田百閒著 ちくま文庫刊 [鉄道本]
ちくま文庫の内田百閒集成シリーズの中で、鉄道にまつわる随筆をまとめたのが本書である。百閒先生と言えば、阿房列車であるが、収録させれている作品の調子は、阿房列車のそれと変わらない。
しかし、阿房列車にはない可笑しみや哀らしさがある。それは本書にある随筆が、より人々や光景に焦点を当てているからではないだろうか?
個人的に一番面白っかた作品は、時は変革である。タイトルには、それなりの含蓄があるが、内容は、百閒先生が東京駅一日名誉駅長を勤めた時の話である。その際、発車させるはずの大好きな”はと”に乗り込んでしまった話は、あまりにも有名であるが、本作には、予め周到に用意していたことや、童心のような心情が、おもしろおかしく書かれている。
“しかし駅長がその職場を放棄し、臨機に職権を拡張して、勝手な乗車勤務をすると云う事は、穏やかでないから、秘密にする。”
また、直前に知らされた、国鉄職員の方が、群衆に向かって”名誉駅長は職場を放擲して行くと云うのです。皆さんどう思いますか?”
と尋ねると賛成、賛成と声が上がる場面など、改めて百閒先生は人徳に支えられているのだなと感じさせられる。さすが、公に認められた乗り鉄である。
因みに、タイトルの”時は変革す”とは、当時の国鉄総裁が戦争近辺では、鉄道はサービスすべきでないと言っていたのに、戦後、サービスが絶対と言い出した事に対して、人の世の変転を感じたと云う事だ。
それだけなら、ああ、そうかもねで済んでしまいそうだか、それに止まらないのが百閒先生の根性だ。名誉駅長の訓示にて痛烈にその矛盾を指摘した。職員が鉄道精神を逸脱して、サービスに走り、その枝葉末節に拘泥し、勤めて以って足りるとするのならば、鉄路の錆と化すであろうと。
もちろん、百閒先生は、サービスは必要なものとの立場からの発言である。
名誉駅長の経緯が面白く、その話ばかりになってしまったが、いずれの収録作品からも時代の空気を感じることができ、鉄道本好きには堪らない。間違えなくお勧めの本だ。